生成AIをビジネスに取り入れ、成果を出している企業が増えています。そこで、気になる他社の動向や、日常的に生成AIを取り入れ生産性を向上させるためのポイントについて、生成AIを活用した事業の立ち上げを支援されている、株式会社エクサウィザーズ常務取締役の大植 択真 氏に伺いました。
株式会社エクサウィザーズ
常務取締役
大植 択真 氏
京都大学工学研究科修了。2013年、ボストン コンサルティング グループに入社。DX推進などのプロジェクトに従事した後、2018年に株式会社エクサウィザーズ入社。年間数百件のAI導入・DX実現を担当する。2020年6月に取締役、2023年10月よりExa Enterprise AIの代表取締役も務める。兵庫県ChatGPT等生成AI活用検討プロジェクトチームアドバイザー。著書に『次世代AI戦略2025 激変する20分野変革シナリオ128』(日経BP)。
大学でAIの技術を学ばれた後、エンジニアの道に進まれなかったのはなぜですか?
学生時代に得たのはエンジニアリングのバックグラウンドですが、当時からAIの技術そのものよりも、技術を社会にどのように展開していくのかに関心がありました。そこで、卒業後はコンサルティング企業に入社。事業成長戦略、事業変革、DX推進、新規事業立ち上げなどの多数のプロジェクトに従事した後、2018年にエクサウィザーズに入社しました。現在は、主に大手企業のDXやAI導入の事業を中心に担当しています。
また、会社の業務以外では兵庫県立大学の客員准教授として学生にAIの教育をしたり、兵庫県の生成AI活用アドバイザーに就任するなど、ChatGPTを活用した業務の効率化にご協力する活動にも従事しています。
2022年11月にChatGPTが公開されてから、日本でも生成AIへの関心が高まりました。その後、実際の業務に活用されている企業は増えているのでしょうか?
このところ、かなり活用が進んできていると感じます。これは、当社が2023年8月に一般社団法人 日本経済団体連合会の後援を得て開催したセミナーのアンケート結果からもわかります。ご参加いただいたのは、中間管理職(部課長職)の方を中心に、経営層や一般社員の方です。同年4月に開催した同様のセミナーアンケートの結果と比べると、活用が進んでいることがよくわかります図1。
生成AIの利活用が4か月の間に進んだことが端的にわかるのは、レベル5「日常的に使用」とレベル4「時々使用」が伸びている点です。前回約1割だった日常的に使用している企業が、約2割に増えています。また、ボリュームゾーンがレベル3からレベル4に移行していることにも注目してください。レベルが一つ上がったということは、それだけ生成AIを業務に取り入れている企業が増えたことを表しています。
業界によって活用率に差はありますか?
4月に実施した調査で利用率が高かったのは、IT / Webサービス系だけでした。しかし、8月の調査では業種別の差はほとんどなくなり、平均で6~7割くらいまで上昇。比較的デジタルから距離のある業界でも利用されています図2。
さらに注目したいのは、“生成AI技術の導入の際に重視するポイント”に対する回答です。4月にはコンプライアンスやセキュリティ、予算を重視する人が多かったのに対し、8月には生成AIを使っていかに効果を出すか、投資対効果を最大化するための利活用の戦略や、生成AIの知識自体を重要視する傾向に変わってきました。これは、ガイドラインを作ったり、システムを整備すればコンプライアンスやセキュリティの問題がある程度解決できるとわかってきた影響だと思います。すでに生成AIをどう使うかという議論が終わり、経営上のメリットの打ち出し方を考える段階に入ってきたのではないでしょうか。それに伴い、利活用状況を分析・可視化できるサービスへのニーズが高まっています。
活用レベルが上がるほど
クリエーティブな業務に利用範囲が拡大
クリエーティブな
生成AIを導入した企業では、どのような業務に取り入れているのでしょうか?
調査結果からは、データ分析やレポート作成、問い合わせ対応など、汎用的な活用へのニーズが高いことがわかります。また、活用レベルが上がるほど、新規事業の創出やマーケティング、画像AIに代表されるようなクリエーティブな業務など、比較的高度な活用とされるレベルにまで、さらに利用範囲が広がっているという結果が出ました図3。
生成AIで最も生産性が上がる領域は、プログラムの生成といわれていますが、当社のエンジニアも、実際に生成AIの技術を使ってプログラムの生成やコードのバグチェックを行った結果、生産性が上がったと実感しています。表計算ソフトウェアなどにChatGPTを組み込んだサービスも登場していますから、人間が数時間から半日かけてやっていたリスト化などの作業であれば、1分程度で完了できるようになりました。すでにこれまで人間が担っていたルーティンワークや、標準的なクリエーティブワークはある程度AIに任せられるようになっています。
人手不足といわれて久しいですが、エンジニアの働き方は、生成AIによって大きく変わる岐路に立っているのではないでしょうか。今後は、開発コストを下げるなどの発展的な使い方をする企業も増えてくるかもしれません。
以前、大植様のご講演を拝聴した際、日本人の多くが“検索の呪縛”から抜け出せていないと解説されていました。検索の代替ではなく、生成AIの活用を促進させるためのポイントを教えてください。
生成AIを日常的に活用できていない人の多くが、情報を調べるための検索的な使い方をしています。生成AIの技術を企業の競争戦略として捉えるために重要なポイントは、検索ではなく「生成に活用する」こと。つまり「AIに作業させる」ことです。日常的に活用している人の多くが、文書生成からアイデア出し、要約などの用途で生成AIを使いこなしています。
また、図4をご覧いただくと、相対的に見れば一部の部署や希望者だけのトライアル導入から始めるよりも、最初から全社に導入している企業の方が活用率が高いことがわかります。このような企業では、「業務効率を上げる」「ビジネスにつなげて利益を上げる」など、生成AIを導入する目的を経営トップ自らが社員に対して具体的に示しているケースがほとんどです。
生成AIを活用したビジネスの成功には、多くの人がMicrosoft ExcelやMicrosoft Wordを日常的に活用しているように、誰でも当たり前に生成AIを使えることが前提になります。導入を検討される際には、現場レベルで知見の交流が広がり、活用レベルが上がりやすい全社一斉スタートがお勧めです。
ソフトバンクグループの孫正義氏が「ChatGPTを毎日活用しない人は、人生を悔い改めた方がいい(要約)」と発言して話題になりました。実際には、うまく使いこなせず離脱している人も多いのではないでしょうか?
2023年10月のイベントでの発言ですね。「ChatGPT-4を使わない人は、電気や自動車を否定する人だ」と発言されていましたが、そんな孫さんは、毎日ChatGPTに経営戦略を相談しているそうです。
経営陣は、大量の情報を整理したり、新たな戦略を考える必要がありますから、生成AIを活用する経営陣の約6割が、新たなアイデア出しや壁打ち相手に活用されています。生成AIがMicrosoft Excelなどのように業務で当たり前に使われる「with GPT時代」には、多くの経営者の働き方も今とは随分変わっているのではないでしょうか。
よく「ChatGPTが出す答えがイケてない」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、それは自分が入力するプロンプト※1がイケてないからです。自らのプロンプトの技術が上がれば、ChatGPTは求めている生成物を提示してくれます。生成AIを使いこなすためにはプロンプトの技術を上げることが欠かせません。そのためには毎日活用することが有効です。
※1 ChatGPTなどの生成AIに入力する指示内容、または入力すること。
「with GPT時代」にビジネスパーソンに求められるスキルについてお聞かせください。
新たな技術の登場は、ビジネスパーソンに求められるスキルにも大きな変化をもたらします。今は相対的にさまざまな情報を集めて整理できる人が評価されますが、生成AIの登場でおそらくその価値は薄れていくはずです。一方で“〇〇を実現したい”など、意思と好奇心によって何かを掘り下げることのできる人の価値は上がっていくと思います。
「with GPT時代」に生成AIを使いこなすために求められるのは、まずはプロンプトを作る力です。AIやデータサイエンスに対する基本的な理解も必要ですが、問いを立ててGPTに指示する力がなければ、効果を最大化することはできません。
また、データ化されていないものをいかにデータ化するか、データ化できていないことに気づけるか。このような現場力、現場感も大事なスキルになってくると思います。
名刺のデータ化は
利益につながるDXの一つです
利益に
多くの企業でデータ化が進んでいないのが、交換した「名刺」です。データ化している場合も多くは個人による管理で、その情報が組織的に生かされていない企業が多い状況はもったいないと感じます。
まさにそのとおりだと思います。利益につなげるために行うDXと名刺情報のデータ化は親和性が高く、名刺のデータ化は確かに利益につながるDXの一部です。とりわけ企業単位では、誰がどの企業の誰とつながっているかが可視化されることで、提案の機会の創出や商談の成果向上につながると考えています。
生成AIを取り入れた「with GPT時代」の名刺情報管理についてご意見をお聞かせください。
「with GPT時代」には、生成AIが利用者の代理となり、人脈の発掘やアポイントの取得に向けたスケジュール調整などの支援を行うことが期待されます。さらに、商材を設定すれば、見込み客やアプローチ方法、ほかの社員とのつながりなどを生成AIが教えてくれるといった可能性もあります。
この運用に近い活用をされているのが、当社が法人向けに提供しているChatGPTサービスの「exaBase 生成AI powered by GPT-4」※2を利用している総合商社のフジテックス様です。自社の商品情報をGPTから参照し、提案商品の選出や説明ポイントを生成できるようにされた結果、新人でも5年目や10年目の営業担当者と同じレベルの提案が可能になったそうです。
※2 https://exawizards.com/exabase/gpt/
SKYPCEは名刺のデータ化にAI -OCR(Optical Character Recognition / Reader)を採用していますが、ご存じの方は少ないと思います。同様に、多くの方は自分の使っているサービスにAIが使用されているとは知らずに利用しているのではないでしょうか?このような受動的な活用は、生成AIでも増えてくるとお考えですか?
はい、生成AIは大量の情報から有用なものを短時間で見い出すことが得意ですから増えていくと思います。今後Skyさんのサービスでもさまざまな機能で取り入れられるのではないでしょうか。身近なところでいえば、ユーザーインタフェースが大きく変わるのではないかと思います。例えば「2年前ぐらいにお会いした、大阪の企業の女性で、名前に“浜”がついている方を教えて」のような聞き方も可能です。
また、顧客を訪問する際に、メディアの記事などの情報を参照し、最新のトピックや経営状況、現在の肩書について簡易なレポートを生成して提供することもできるのではないでしょうか。
生成AIの受動的な活用で、私たちが意識するべきことはありますか?
必要なのは、生成AIが正しいデータを参照し、適切な情報を生成していることです。生成AIには、ハルシネーションと呼ばれる虚偽の情報を提示してしまう課題があります。このハルシネーションを生じさせないために、生成AIをどのように制御して活用すればいいのかといったノウハウを持っているのがエクサウィザーズです。すでに、IR業務向けの生成AIサービスなどに適用しています。
ちなみに当社がご提供しているIR業務向けの生成AIサービスは「exaBase IR アシスタント powered by ChatGPT API」※3です。株主総会や決算発表で必要となるQ&Aを自動で生成することができます。各企業の有価証券報告書などを読み込ませ、基本的にはその情報を基にしたQ&Aを生成。人が結果を確認して調整した上で再度結果を生成できるようにしています。
※3 https://exawizards.com/exabase/ir-assistant/
「with GPT時代」に起こるのは、
創業精神を取り戻すスタートアップ化
創業精神を
DXが進むことで影響を受けるのは、中間管理職だといわれています。具体的にどのような影響が考えられますか?
生成AIを含めたDXが進めば、現場から上がってくる情報はすべてデータ化され、経営陣がそのデータを基に判断して指示を出せば、業務は完結します。つまり中間管理職が不要ということになるわけです。従来のアナログな世界では、中間管理の役割に一定の工数を割いていましたが、今後は次第にその役割が薄れていくと考えています。
DXによって中間管理職に迫られるのは、より経営寄りにシフトして戦略的にビジョンを構築するか、メンバーを鼓舞しながら現場の最前線に位置取りして情報を獲得する。さらに、その情報をデータ化・AI化できる頼れる現場リーダーになることです。中間管理職はこのような二極化が起こるのではないかと予想しています図5。
これまで、企業の規模が大きくなればなるほど、業務の標準化や組織の細分化が進み、従業員はどんどん圧縮されていきました。圧縮によって生まれたサイロ化により発生したのが、組織や情報が孤立する大企業病です。しかし、今後DXが進めば状況が変わります。企業のスタートアップ化により、創業メンタリティを取り戻せるはずです。
企業がスタートアップ化していく「with GPT時代」には、求められるリーダーシップもこれまでとは変わっていくのでしょうか?
今後求められるリーダーシップは、会社の方針や社内ルールをよく理解して、それを遵守する大企業の管理職型ではなく、ベンチャー企業の創業者のようなインスパイア型だと思います。生産性が最も高いのは、心が奮い立っている従業員ですから、リーダーにはビジョンと理念を伝えて部下を奮い立たせる能力が求められます。これは、インスピレーショナル・リーダーシップ※4の研究からすでにわかっていることで、部下の心を奮い立たせるマネジメント力こそ、企業価値のパフォーマンスを上げるポイントです。「with GPT時代」には、このような情熱ドリブンな組織運営に変化していく組織が増えていくのではないかと考えています。
※4 米国に本社を置く大手コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーの顧客企業、37万5千人の社員への調査により科学的に証明されたリーダーシップ理論
新しいテクノロジーの活用には、スタートダッシュが肝心だと思います。先行している企業・組織では、どのように取り組まれているのでしょうか?
当社の「exaBase 生成AI powered by GPT-4」を採用された兵庫県様は、2023年5月に生成AIのプロジェクトチームを結成。同年7月には早くも運用を開始されました。文書の生成や会議の議事録作成、翻訳などの定型業務を自動化する用途に活用され、業務の効率化への効果を実感されています。現場の職員の方に向けた導入時のレクチャーでは、自治体で生産性が上がるプロンプトの入れ方などをお伝えしたのですが、このようなレクチャーを最初にしっかり行うことは、活用を素早く軌道に乗せるためには欠かせません。
また、当社のセミナーに登壇いただいたロート製薬様も、提案からわずか3週間後には全社で運用を開始されました。当初は、活用する人としない人に二分してしまったとのこと。しかし、活用度の高い10名が実際に生産性や業務効率を上げている結果を知ると、直接その人たちに使い方を聞いて自身に応用するためのヒントを得る人が次々に現れたそうです。現在は、より多くの社員がヒントを得られるよう、効果的な活用を抽出した事例を横展開することで活用を促進されています。
活用度の高い10名に共通していた行動はありますか?
共通点は「繰り返し指示を与え、何度も聞くこと」だとおっしゃっていました。最初に望んだ結果が出なければ、多くの方はそこで諦めて使わなくなってしまいます。しかし、活用度の高い10名は諦めずに何度も指示を出すことで、次第にプロンプトの質が向上。その結果、生産性や業務効率が上がり活用が定着したそうです。
以前、ある企業の役員の方が「ChatGPTにうちの社長の名前を入れてみたんだけど、意図した結果とはまったく違う内容が出てきて、まだまだ役に立たないと思った」と言われていました。このような発言を聞くたびに、生成AIの使い方がまだまだ浸透していないと感じます。先にお伝えしたように、「生成に活用する」のが生成AIです。人やモノの名前を入力する検索的な使い方では、生成AIの導入目的は達成できません。生成AIを活用する際の基本的なマインドセットは、“他責思考”ではなく“自責思考”です。「ChatGPTの回答がイケてない」と思った瞬間に上達から遠のきます。意図した結果が出てこなかったとき、悪いのはAIではなく自分だと思えることが生成AIを使いこなすためには重要です。
「生成AIを導入するかどうか」から
「どう活用するか」にフェーズが移行
「どう
ChatGPTなどの生成AIを使いこなすには、プロンプトの技術を向上させる必要があるとお聞きしましたが、貴社でそれをフォローするようなサービスを提供されていますか?
現時点で3つご用意しています。1つ目はプロンプトの活用研修です。エクサウィザーズのAIやHRコンサルタントが考え抜いて開発したもので、メニュー化したものから、各社のニーズに合わせたカスタマイズまで対応します。
2つ目は、基礎から中級くらいまでのオンラインチュートリアルです。プロンプトから、生成AIで成果を出すために必要なアプローチまで学べ、当社の生成AIサービスのお客様であれば無料でご利用いただけます。
最後に、業務や目的に応じたテンプレートの提供です。例えば、営業事務が「発注書の作成」といった項目を選ぶと、発注書作成に必要な項目が列挙。必要な情報を埋めるだけで、発注書のたたき台を生成してくれます。営業事務のほか、ビジネス、Webマーケティング、総務・労務、人事・採用、法務、企画調査、広報、IRなどさまざまな業務や用途をカバーできます。利用者の対象がこのテンプレートにあてはまれば、導入後から熟練者に近い使いこなしが可能です。
最後に読者へメッセージをお願いします。
先ほど説明したアンケート結果から見えてきたのは、日本でも「生成AIを導入するかどうか」から「どう活用するか」にフェーズが移ったということです。
ぜひ、生成AIを同僚や部下のように位置づけて、どのようなプロンプトを入力すれば、自分の仕事の生産性を向上させることができるか試してみてください。そのうちご自分の普段の業務でも“こうしたところが改善できる”といったアイデアが出てくると思います。
そうした積み重ねが、企業全体のDXや収益向上につながっていくのではないでしょうか。
アンケートの集計結果は四捨五入しているため、内訳の合計が100%にならない場合があります。また、2023年12月25日に新たな調査レポートが公開されました。詳細は、株式会社エクサウィザーズのWebサイトをご覧ください。
https://exawizards.com/archives/26466/
株式会社エクサウィザーズは、年間300件以上のAI・DX案件に取り組むAIのスタートアップです。各企業の課題解決をサポートする「AIプラットフォーム事業」、特定業界や社会課題の解決に向けサービスやプロダクトを開発・提供する「AIプロダクト事業」を展開し、両事業を通して独自のアルゴリズムを蓄積・改善しています。それらのアルゴリズムを活用し、顧客企業内でAIアプリケーションを内製化するための開発環境の提供も始めました。また、DX人材を定量評価するサービスによって社内でのDX人材の発掘、育成を支援しています。2023年10月には生成AIのサービスを企画・開発、提供するExa Enterprise AIを設立し、日本企業の生産性向上を目指しています。
(「SKYPCE NEWS vol.10」 2024年2月掲載 / 2023年11月取材)